2009年11月12日 (木)

皆さんご存知?─体脂肪率と骨密度測定

 皆さん、自分の体脂肪率と骨密度をご存知だろうか。

 先月、近所で行われていた体育の日のイベントで、両方を測定してもらった。初めてである。

 体脂肪率は、家庭で計測できる体重計もあるので、わりと皆さん自分の数値をご存知かもしれない。両方にグリップが付いた四角い装置を、両手を伸ばしてぐっと握った。結果は「正常」ギリギリの値だった。これ以上は減らさないように、もっと筋肉をつけた方がいいとのアドバイスを受けた。

 骨密度は、靴下を脱いだ片方の足を機械に置いて測定した。結果はあまり良くなく、年齢の平均値を下回っていた。骨量は40代から毎年減少していくとのことで、運動と食事を意識するようアドバイスを受けた。

 自分の体のことは自分で考え、ケアしなくてはならない。その意味で、体が今どういう状況にあるのかを知っておくのはとても大切だと思った。カルシウム増対策をさっそく考え、実行しなくては。

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2007年8月24日 (金)

早朝坐禅会体験

 新宿区にある寺の早朝座禅会に参加した。ちょっと長くなるが体験記を書かせていただく。

寺までは電車で約1時間かかる。朝630分開始なので430分に起床した。外は明るくなってはいたが、まだ夜が完全に明けきっていなかった。平日だが道でほとんど人に会わず、まだ動いていない駅のエスカレーターを歩いてのぼった。だが、電車の乗客は予想以上に多かった。おそらく夏休みのせいだろう。

5分ほど前に寺に到着し、本堂の入口から中をのぞいてみると、まだ誰もいなかった。夏用と思われる涼しげな白い着物姿の若いお坊さんが姿を現し、中に案内してくれた。ちなみに参加料は100円。当然だが冷房はなく、駅から歩いてきた自分は汗だくだったが、数台の扇風機とお坊さんが入れてくれた熱い緑茶に救われた。

お坊さんの話によると、曜日に関係なく毎年8月の1日から3日まで早朝か夜に坐禅会を開いているとのこと。朝はラジオ体操の時間に重なるのが少々問題だとか、金土日の週末に開いたほうがいいのかもしれないといった話を聞いているうちに開始時間になったのだが、他に参加者は現れなかった。もしかして自分1人だけだろうかとプレッシャーに襲われたが、少し遅れて若い女性2人が加わってくれたので安堵した。1人はすでに常連さんのようで、出勤前に立ち寄ったようだ。もう1人は近所の方らしく、自分と同じ初心者だった。さらに、住職さん、住職さんの家族と思われる女性と子供3人が加わり、坐禅会らしくなった。

座り方などの作法の説明、坐禅、歩行禅、坐禅、休憩はさんで読経というプログラムで、全部で約2時間だった。寺に坐禅堂はないので、本尊が祭られている中央の部屋とその横に続く小さな畳の間が坐禅堂に見立てられた。歩行禅の際には、この2間続きの坐禅堂を壁沿いに歩き回った。坐禅専用のクッションがあり、皆が向かい合うのではなく壁の方を向いて座ることは驚きだった。

坐禅というと「座って瞑想する」といったイメージが浮かぶが、本当は目は開けたままで、物事を考えるのではなく考えないようにするらしい。歩行禅、つまり「歩く禅」というものの存在を知ったことから、そもそも「禅」とは何ぞやという疑問が生まれた。頂いたパンフレットによると、禅とは「ものごとの真実のすがた、あり方を見極めて、これに正しく対応していく心のはたらきを調えること」で、「そのためには、心を一ヵ処に集中しなくてはならず、物事の表面の姿、形に執らわれて、好き嫌い、善し悪しの心の動きがあってはできない」。様々な思いにとらわれないようにする――実際、これが一番難しかった。

あれこれ考えそうになったら呼吸に意識を集中させなさいとお坊さんがアドバイスしてくれた。確かに腹式呼吸も難しかった。お腹を膨らませるように息を吸い、その息を尻から背中、頭上を通って鼻から出すというイメージで、ゆっくり長く吐いた。

20分ぐらいは座り続けていたと思うが、緊張感と足の痛さでさすがに眠くなることはなかった。ちなみに、小学生ぐらいの女の子も同じ時間じっと座っていた。さすがお寺の娘さんだ。一度警策(きょうさく。姿勢が悪かったり寝ていたりするとお坊さんに右肩を打たれる)を入れられたが、思っていたほどは痛くなく、不謹慎かもしれないが、肩こり症の自分にはむしろ有難かった。

禅の後にお経を読んだ。意味不明の漢字の羅列であり、リズムもあったので、ふりがながあっても読むのはかなり難しかった。横に座ったお寺の小さな息子さんは、まだ小学校に上がる前だと思うのだが、すらすら暗唱していた。さすがだ。

終了後はとてもすっとした気分だった。朝8時半にしてすでに一仕事やり終えた爽快感があった。寺では定期的に坐禅会を開いているようなので、また参加したい。何事もそうなのだろうが、一度だけではもったいない。何度か積み重ねていくと、もっと違ったものが見えたり感じられたりするような気がした。

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