遥かなるナイル─南スーダンの友人から写真届く
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東京都杉並区・阿佐ヶ谷神明宮の「平成の大改修」が終了したようだ。たまたま阿佐ヶ谷に出かけた日が秋の大祭初日だったようで、駅を降りると太鼓の音が聞こえ、あちこちに提灯が飾られていた。
1カ月ほど前に訪れた時にはまだ境内のあちこちが掘り返された状態だったのだが、すでに参道が綺麗に出来上がり、多くの露店が並び、参拝客で賑わっていた。能楽殿、門、拝殿など、新築の木造建築物がまさに輝いていた。鳥居や参道のコンクリートもぴかぴかだった。
考えてみると「新築の神社」を訪れたのは初めてだ。寺社というとどうしても長い歴史を持つ古い建物が頭に浮かび、実際そういう所しか訪れたことがなかった。古い寺社に行くと気持ちが落ち着くが、シミひとつないコンクリートの参道を歩いて真新しい拝殿の前に立つと、それはそれでとてもすがすがしい気持ちになった。
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阿佐ヶ谷の神明宮は現在「平成の大改修」中だ。その名の通り、1年以上かけた大規模な改修で、規模が違う。例えば、建物が工事中でビニールシートがかかっているといった程度ではない。なにしろ本殿をそのまま50メートルほど後ろに移動させたのだという。建物を壊さずそのまま移動させる工事を「曳家(ひきや)」と言うらしいが、その道百年以上の業者の職人さんたちの手により、無事移動は終了していた。
パンフレットによると、本殿を移動させ、拝殿や神門も移築、移動させ、さらに神楽殿を新設し、表参道のほかにもう1本参道と鳥居を作る等々、まさに全面的なレイアウト変更、リニューアルなのだった。神社がこういうことをするとは思っていなかったし、当然現場を見たのも初めてだった。
工事は今年10月にも終了予定らしいが、完成の折にはぜひまた行ってみたい。http://shinmeiguu.com/
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久しぶりに朝から晴天の休日、ずっと行ってみたかった新井薬師に出かけた。
JR中野駅から徒歩約10分。行きはサンプラザ前の中野通りを北上し、帰りは薬師ロード商店街を通ってみた。
「子育て治眼」と呼ばれるように、眼の病気と子供の病気の薬師さまとして信仰を集めているようだ。
興味深いことに、ご本尊は薬師如来と如意輪観音の二仏一体の黄金仏だという。つまり、表側が薬師如来、裏側が如意輪観音なのだという。ご開帳は寅年のみとのことだが、ぜひ拝んでみたいものだ。
記念に「めめ絵馬守り」を購入した。数カ月前にコンタクトレンズがらみで眼のトラブルに悩まされ、最近は老眼の進行を感じるようにもなり、きちんと見えることの大切さをひしひしと感じている。改めて眼の健康を祈って家に飾ろうと思う。
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築地本願寺に初めて行った。お寺と言っても木造の日本建築ではなく石造りの東南アジア風の建物である。とにかく巨大な建物で、門の前に立つとただただ圧倒され、思わず口を開けてたたずんでいた。
築地本願寺は、親鸞上人が開いた浄土真宗本願寺派の本山である京都・西本願寺の別院で、発祥は1617年だという。
最初は浅草橋近くにあったのだが、1657年の明暦の大火で焼失したらしい。当時の幕府の区画整理策で同じ場所への再建が許されず、その代わりに与えられたのが八丁堀の海上(!)だったという。そこで佃島の門徒が中心になって海を埋め立てて土地を築き(これが「築地」の由来とか)、1679年に本堂が再建されたという。
だがその本堂も関東大震災で崩壊。現在のインド様式の石造りの建物は、東京帝国大学工学部教授伊東忠太が設計し、1934年に落成したものだという。
中に入ると、御本尊の阿弥陀如来像のほか、その阿弥陀如来像を彫ったとされる聖徳太子の像、親鸞上人の御影、その親鸞上人が師と仰いだ7人の高僧の御影、第23代宗主の勝如(しょうにょう)上人の御影が祀られている。黄金がまぶしいきらびやかで荘厳な空間だった。
入口近くには見事なパイプオルガンがあった。1970年に寄進されたもので、旧西ドイツの会社が1年かけて製作したとか。定期的に無料コンサートが開かれているようだ。
建築物としても非常に見ごたえがあり、特に面白かったのは、牛、馬、象、猿といった動物が階段の手すりや壁に配置されていたことだ。設計者の伊藤忠太氏は動物や妖怪のイメージをよく用いるらしく、仏教説話「三畜評樹」(象と猿と鳥が樹木の高さを評定する話で、鳥が一番小さく非力なのに樹木全体を見ることができる)に従い、堂内では高い順に鳥、猿、象という配置になっているのだとか。
敷地が広く、周囲に高い建物が何もなく、背景がどこまでも広がる青空であるため、ここは東京ではなくアジアのどこかの街ではないかと錯覚してしまいそうになった。インドはまだ行ったことのない国だが、こんな建物が沢山あるのだろうか。
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先日、川越大師喜多院の五百羅漢(ごひゃくらかん)を見てきた。
同院のHPによると、「羅漢」とは「阿羅漢(あらかん)」の略称で、「尊敬や施しを受けるに相応しい聖者」という意味らしい。インターネットで得た情報によると、日本の仏教では、第1回の仏典編集に集まった500人の弟子を「五百羅漢」として尊敬することが盛んだったらしい。ちなみに「十六羅漢」とは、仏法を護持することを誓った16人の弟子たちを意味するようだ。
入口を入ると約540体の石像がずらりと並び、圧巻だった。約50年かけて建立されたのだという。とにかく1つひとつの像の表情が豊かで、見ていて飽きなかった。姿勢やポーズもさまざまで、動物と一緒の像もあれば、花や食べ物を手にしていたり、書物を広げているものもあった。
ちなみに、川越は現在テレビの連続ドラマの舞台になっているらしく、休日のこの日は大変な人出だった。以前来たことがあるという友人のおかげで、蔵のある通りも効率的に見ることができた。感謝、感謝である。途中で紫イモのソフトクリームを食べたが、甘いおイモの味がしっかりしておいしかった。
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先日群馬県の伊香保温泉へ行った。最近は石段の温泉街として若者の間でも人気のようだ。伊香保神社へと続くのぼり坂の道が石段になっており、その両側に商店が連なっている。気候の良い時期には、近隣の宿の泊まり客が浴衣に下駄姿で散歩を楽しめそうだ。
伊香保は温泉まんじゅう発祥の地なのだという。ここでは「温泉まんじゅう」ではなく「湯の花まんじゅう」というらしい。今回3軒の店のまんじゅうを食べてみた。
伊香保神社のすぐ近くにある勝月堂は、明治の終わりに初めて温泉まんじゅうを作った店らしい。バラで1個購入した。石段の中ほどにある田中屋は、創業は勝月堂よりも古い江戸時代という老舗だ。バラ売りは3個からだった。石段街から少し離れた清芳亭は、まんじゅうの他にどらきや桜餅なども扱う和菓子店だった。こちらでもバラで1個購入した。
3個一度に食べたわけではないので比べるのは少々難しいが、一番印象に残ったのは勝月堂のまんじゅうだった。店先で頂いたが、皮がふわふわで餡の甘さもほどよく、いかにも手作りというまんじゅうだった。保存料等を一切使っていないので日持ちはあまりしないとのことだ。
田中屋と清芳亭の味の違いは、正直言ってあまりよくわからなかったが、両方とも美味しかった。ともに個別包装された、黒糖味のする皮とこしあんのまんじゅうだった。
温泉は好きなのでたまに近場に出かけるが、まんじゅうに注目したことはあまりなかった。食べ比べてみて、自分のお気に入りの店を見つけるのも楽しいかもしれない。ただし、店の多い温泉街だと少々大変かもしれないが。
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韓国旅行に行った後輩がお土産をくれた。「ちょっと笑えるんですけど…」と差し出された袋の中から登場したのは、なんと北朝鮮の切手セットだった。
笑うどころではない。自分は感動のあまり声を失ってしまった。ソウルに行った後輩は、南北境界線へのツアーに参加し、北朝鮮の風景を自分の目で見て、このお土産切手セットを購入したのだという。
「こ、こんな貴重なもの頂いていいのか?」と、思わず聞いてしまった。あとで考えると、ウケ狙いの軽い気持ちで選んだ土産品に思いのほか感動している先輩を前にして、おそらく後輩の方が戸惑っていたのではないかと思う。
花や蝶、電車、船などが描かれた切手のほか、何かの記念日の切手もあった。ハングル文字が読めないのでわからず残念だが、どれも色鮮やかでとてもきれいだった。もしかしたら切手も「将軍様」ばかりかと思っていたが、そうではなかった。ほっとしたような、ちょっと残念なような…。
今年は思いがけず素晴らしいクリスマスプレゼントを頂戴した。可愛い後輩に感謝である。
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京成成田駅から徒歩約15分。両側に商店や旅館、飲食店が立ち並ぶ参道を下っていくと、立派な総門にたどり着いた。総門をくぐると、急な石段の上の仁王門が見えた。仁王門をくぐると視界が開け、目の前に大本堂が。横には朱色が鮮やかな三重塔が見え、隣には、以前本堂だったという釈迦堂があった。
大本堂に手を合わせた後、裏手にある額堂を通り過
ぎ、巨大な平和の大塔目指して歩いた。なにもかもが大きい。でっかい。そして、くまなく歩くには相当時間がかかりそうな広さだった。
訪れた時間が日没間近だったので、参拝を済ませて少し散策し、帰路についた。時間不足が少々残念だったが、境内のいちょうの黄色が綺麗で、引いたおみくじが大吉で、帰り道に食べたソフトクリームがとても美味で、幸せを感じた夕暮れだった。
参道にうなぎ屋が多いのが目についた。店先でさばいている。名産なのだろうか。そして、木造の老舗旅館も魅力的だった。こんな宿に泊まって「成田山もうで」なんて、あこがれのぜいたくだ。
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途上国支援の仕事に長年携わり、現在はパレスチナのジェリコ・ヨルダン渓谷を対象にした支援プロジェクトを担当している友人が一時帰国した。これまでにも中央アジアのキルギスやバングラディシュなど、普通の生活をしている自分には全く縁のない国々に長期滞在して現地の人々と一緒に精力的に活動している彼女は、帰国するたびに興味深い話を聞かせてくれる。土産話と同時に毎回楽しみなのが彼女のお土産だ。自分にとっては未知の国の品々は、改めて世界の広さを実感させてくれる。
今回はパレスチナの石鹸をプレゼントしてくれた。蜂蜜とオリーブを使った石鹸で、パレスチナ農村部の女性たちの手作りだという。石鹸作りのノウハウはパレスチナ暫定自治政府の農業省が指導し、ラベルやパッケージの方法は彼女たちが指導したとのこと。英語のラベルが貼られ、ドライフラワーと一緒に袋に入れられ、リボンで飾られた石鹸は、日本の雑貨屋さんの店先に並んでいてもおかしくないおしゃれな一品だ。
現地の人々は、石鹸の作り方は知っている。人手もある。でも、いざ石鹸が出来上がっても、丸裸では誰も買わない。ラベルやパッケージで飾り、購買意欲をそそる「商品」にする必要がある。そうしたノウハウを彼女たちが指導し、現地の人々の自立を促しているようだ。
今は販路を模索中らしい。原価は約2ドルとのことで、個人的には日本でも十分売れると思うのだが、輸送費等コストがかさむので、まずは現地や近隣地域に目を向けているようだ。自分の作った物が売れたとわかればパレスチナの女性たちも喜び、労働意欲も向上心も沸いてくるだろうから、成功して欲しいと強く思う。
それにしても、パレスチナの石鹸が自分の手元にあるなんて不思議な気持ちだ。遠路はるばるここまでやってきてくれたと思うと、いとおしくさえ感じる。実は正確な場所も知らず、「危ない」というイメージしか浮かばないパレスチナだが、友人のおかげでぐっと身近になった。彼女にはいつも感謝、感謝である。体に気をつけて一層活躍して欲しい。
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