今やカレーうどんもアメリカ産?
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ブログ「ペールブイ感謝祭」を開設したのが2006年11月3日。3周年を前にして、累積アクセス件数が1万件を超えた。なんだか嘘みたいな話で、ものすごく嬉しい。
入院を機に始めたブログだが、3年も続けることができ、しかもアクセスが1万件を超えたのも、ひとえに読んで下さる皆さんのおかげだ。概して、何事も始めることよりも継続することの方が難しい。実際ネタ探しには日々苦労し、なるべくひとりよがりにならないように心がけているつもりだが、それもなかなか難しい。時間がとれずに更新まで間があいてしまうことも多い。それでもたまにコメントなど頂くと、有り難いし励みになる。
3周年+アクセス1万件突破を機にブログを始めたあの時の気持ちを思い出し、初心に帰って、日々の何気ないことに感動、感謝できる気持ちを忘れずにいたいと思う。皆さん、本当にありがとうございます。そしてこれからもどうぞよろしくお願いします。
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胃の内視鏡検査は口からカメラを入れて胃の中を見るが、大腸の場合はお尻からカメラを入れて大腸の中を見る。当然大腸の中をからっぽにしておかなくてはならないのだが、それが辛い。胃の場合は食事を抜けば大丈夫だが、大腸の場合は検査前に約2時間かけて2ℓの下剤を飲み、トイレに通ってお腹の中をキレイにしなくてはならない。
もともと水分をそれほど取らない性質なので、例えば美味しいジュースでも2ℓ飲むのはものすごく辛い。それが、決して美味しいとは言えない(それでもレモン風味でまずくはない。念のため)検査用の下剤なのだから苦痛だ。
実は前回の検査時、1ℓぐらい飲んだところで気分が悪くなり、体がそれ以上下剤を受け付けなくなったという苦い経験がある。便は検査ができそうな水状にはまだ達していなかったが、病院に電話し、担当の看護師の方に「キモチ悪くてもう飲めない」と訴えた。自分としては、「じゃあ、もういいですよ。それで来院して下さい」と言ってもらえると期待していたのだが、なんと看護師さんからは「いえ、なんとかして飲んで下さい」と冷たい言葉が。「えー」と少々驚き、吐きそうだと訴えたのだが、「1ℓでは少ないし、たぶん検査はできないので、なんとかして飲んで下さい」とぴしゃりと言われてしまった。あの時の奈落の底に突き落とされたような衝撃(大げさな)は今も忘れない。電話を切り、しぶしぶ飲用を再開した。飴をなめたり、お茶を飲んだりしながらで構わないというアドバイスに従って、最終的にはなんとか検査ができる状態までがんばることができたが。
今回は、前回の経験を踏まえて、ゆっくりと、お茶も飲みつつがんばった。前回よりは辛くなかった。
この下剤飲用の辛さに比べれば、内視鏡検査そのものは全然辛くない。軽い麻酔で意識が少々もうろうとしているが、目の前の画面で自分の腸の中の映像を見ることもできた。カメラがお腹の中を通っている感覚もあるが、痛みはなかった。
検査前の下剤も辛いが、実は検査後もお腹にガスがたまって辛い。大腸内視鏡検査は、検査そのものよりもその前後が辛い。だが、たまには腸をからっぽにするのも悪いことではないと考えるようにしている。
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9月下旬、東京都三鷹市の市役所近くで開催された「みたかフリーマーケット」に参加した。HPにプチ体験記を掲載したので、ぜひご一読を。 http://www.zb.em-net.ne.jp/~perubui/index.htm
当日は幸い好天に恵まれ、幸い商品も何点か売れ、楽しい1日を過ごすことができた。この機会を与えてくれた主催者、ボランティア、出店者および来場者の方々全てにお礼を言いたい。ありがとうございました。
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参加費500円の「マイ箸作り」講座に参加してみた。白木の箸に彫刻刀を使って好きな模様を彫り、自分オリジナルの箸を作るのだが、講師はなんと鎌倉彫の作家。鎌倉に工房を構えている立派な方だった。
彫刻刀を握ったのは小学校以来ではないだろうか。だが、始めてみると想像以上に楽しかった。なにしろ刃物なので最初はおそるおそる削っていたが、そのうち慣れてきて、自分でも驚くほど熱中してしまった。木を削っていく感覚が心地よく、1時間半があっという間だった。正直言って、これはハマりそうだ。
ちなみに、皆さんは自分に合った箸の長さというのをご存知だろうか? 持ちやすく使いやすい箸の長さは、手の親指と人差し指を直角に開いてL字を作り、両方の指先を結んだ長さ(この長さを1咫=「いちあた」というらしい)の1.5倍と言われているのだそうだ。自宅で愛用の箸の長さをさっそく測ってみようと思う。
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大学時代の友人のブログ「いろんなこと日記」を紹介したい。歌舞伎を中心に、観劇、映画、読書などが主なテーマの読み応えのある楽しいブログだ。http://blog.livedoor.jp/fukusuke55/?blog_id=1134909をぜひぜひのぞいてみて欲しい。
彼女は、大学時代にはスキー部の主将を務めていた、「元気」が代名詞のような明るく魅力的な女性だ。仕事で世界中を飛びまわり相当多忙なはずなのだが、プライベートも満喫していることがよくわかる。そしてブログまで書いて。本当にいつ寝ているのか心配になる。忙しい人ほど時間の使い方が上手いというのは本当だ。そんな多忙な彼女なので、ほとんど連絡をとったり会ったりする機会はないのだが、ブログがあれば彼女の様子がわかる。嬉しいことだ。
自分のしょーもない世間話のブログが少々恥ずかしくなってしまったが、これに刺激を受けて自分もがんばろうと思うのであった。
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まっ赤な彼岸花が咲いている。彼岸の頃に咲くからこの名前が付いたのだろうなと思いながら、その鮮やかな色や凛とした姿勢に魅了されていたのがだ、インターネットで調べてみたところ、実は有毒で、不吉な花とさえ思われていることを知って驚いた。
特に球根に毒があり、雑草抑制、攻菌、殺虫作用があることから、田んぼの畦や墓地に多く見られるのだという。それでも、球根にはでんぷんが多く含まれ、有毒成分は水溶性なので長時間水に浸せば毒を抜くことも可能ということで、戦時中などの非常時には食用にされたこともあるらしい。だが、食べた後は彼岸、つまり死しかない、というのも名前の由来説としてあるようだ。さらに、家に持ち帰ると火事になるという迷信まであるようで、これまで抱いていたイメージがちょっと変わってしまった。
彼岸花は葉の出る時期と花の咲く時期が異なるのだという。確かに、今咲いている花には茎しかなく葉は見られない。葉は花が枯れてから出るのだそうだ。そして光合成をして養分を球根に蓄え、その後葉も枯れて地上には何もなくなり、地下の球根だけになる。そして秋の彼岸の頃になると茎を伸ばし、花を咲かせるのだとか。
花と葉が同時に見られないことから、韓国では彼岸花のことを「相思華」と呼ぶらしい。花は葉を思い、葉は花を思うということらしい。ミステリアスであると同時に、ロマンチックでもある植物だ。
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久しぶりに美容院へ行った。いつもお世話になっているのは吉祥寺の美容院だ。
美容師さんたちと、来年3月に閉店する伊勢丹の後には何が出来るのかという話になった。ヤマダ電気、ニトリ、ユザワヤなどなど、噂はいろいろあるようだ。
若い彼女たちの希望を聞いてみたら、最新の映画館が良いとのことだった。
吉祥寺には映画館が数軒あるが、どちらかというとどこも「味のある、通好みの」映画館だ。それはそれで魅力的なのだが、座り心地の良い椅子、臨場感あふれる音響効果など、最新の設備が整ったきれいな映画館が欲しいのだという。
確かに、商店や飲食店はもう十分という気はする──すでに一通り何でも揃っている街だ。何が出来ても、どこかとかぶってしまう気がする。
ちなみに、彼女たちに伊勢丹をよく利用するかと尋ねたら、声を揃えて「めったに行かない」との答えが返ってきた。実は自分も、申し訳ないがほとんど利用しない。行くとしたら東急百貨店の方だ。そして彼女たちも同じであることがわかり、ちょっとびっくりした。
立地条件は大差ないのになぜ東急百貨店の方に行ってしまうのか、理由は自分でもよくわからないが(彼女たちも「なぜだろうなあ」と考えていた)、おそらくこのあたりに伊勢丹閉店の理由が潜んでいるのだろう。分析は専門家の方たちに任せよう。
吉祥寺は駅も改装予定だ。いろんな意味で街は生まれ変わる。楽しみだ。
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先日地下鉄に駆け込み乗車をしてしまった。そして、リュックをきれいにドアにはさんでしまった。自分の体はなんとか車内に入ったが、背中とリュックの間でドアが閉まり、リュックだけきれいに外側に残された形だ。
リュックが扉にはさまれたのなら引き抜こうとすることもできるが、丸ごと外に残されてしまったので、身動きができない。とにかくドアが再度開くのを待つしかない。しかも、閉まろうとするドアの力でリュックのひもがじりじりと肩に食い込み、体が外側に引っ張られていく。苦しい。
ほどなくドアが開き救われたが、本当に恥ずかしかった。またいろんな意味で迷惑をかけて申し訳ないと思った。そしてそして、何より危険だと思った。皆さん、駆け込み乗車は絶対に止めましょう。
迷惑をかけた東京メトロと乗客の方たちにお詫びを。そして、必死にドアを開けようとしてくれた横にいた若者、どうもありがとう。
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馴染みの喫茶店で一服していると、パジャマ姿の白髪の男性が入店してきた。店は病院の近くにあるので別段珍しいことではない。自分の入院時のことを思い出し、ちょっと親近感がわいた。
店はレトロ風で、レジ横に十円玉でかけるピンク電話が置いてある。男性はその電話を使い始めた。なかなかつながらないようで、つながっても十円玉がかなりのスピードで落ちていき、切れてしまうようだ。店の人に何度か両替を頼んでいた。
やがて店内に携帯電話の着メロが大きく響いた。するとパジャマ姿の男性が自分の席に戻っていった。どうやらこの男性の携帯のようだ。
携帯を持っているのに公衆電話で電話をかけているのかとちょっと不思議だったのだが、「今非常事態でさ。病院の近くの喫茶店から電話かけているんだけど」と言っている。話が終わると再びピンク電話に張り付き、ダイヤルを回し始めた。
携帯からはかからない番号なのかと思っていると、十円玉が落ちる音がして男性が話し始めた。「…だから、発信ができなくなっちゃったんだよ。入院しているから困っちゃってさ」。そして再び会話は途切れた。
男性の携帯電話は、着信はできるが発信ができなくなってしまったらしい。おそらく携帯電話会社のサービスセンターにかけているのだろう。
いろいろなことを考えさせられた。自分も入院した時、携帯電話は非常に役に立った。院内に公衆電話はあったが、小銭やカードをたくさん用意しなくてはならず、それこそ長い時間は話せない。頻繁なやりとりには特にメールが便利だった。
また、たとえ入院患者の身でも自分で解決しなくてはならない問題というものがある。家族や友人に頼めばいいのかもしれないが、家族がいない人もいるし、いても自分じゃないとわからない事がある。どんなに具合が悪くてもしっかりしないといけないのだ。他人事ではないと思った。
そして何よりもパジャマ姿の男性の忍耐強さに敬服した。男性は、電話が切れても何度も何度もねばり強くかけ続けていた。しかも非常に落ち着いていた。あせったり声を荒げたりいらいらしたりしていなかったのだ。もし自分なら、サービスセンターの人に早口で文句を言いまくり、途中で切れたら「ちくしょう」の一言でもつぶやいていたに違いない。
先に店を出てしまったのでその後男性がどうしたのかはわからないが、とりあえず問題が無事解決したことを心から祈る。
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