2009年4月 8日 (水)

久々の名画座─橋口亮輔監督特集

 先日早稲田松竹で久しぶりに映画を見た。橋口亮輔監督特集で、「ぐるりのこと。」と「ハッシュ!」の2本立てだった。

 「ぐるりのこと。」は、リリー・フランキーさんと木村多江さんが夫婦役で、子供を亡くして心を病んだ妻と、その妻をやさしく支える夫の10年の夫婦の歴史を描いたものだった。「ハッシュ!」は、田辺誠一さんと高橋和也さんが演じるゲイのカップルと、片岡礼子さん演じる子供を欲しがる孤独な女性の3人の不思議な関係を描いたものだった。両方とも、生きること、家族、人とのつながり、幸せなどについて考えさせられる作品だった。

 リリーさんは演じている感じが全くなく自然で、言葉少なく不器用ながらも妻を深く思う気持ちが全身からにじみ出ていた。才能豊かな人だと改めて思った。田辺さんと高橋さんの男性2人のラブシーンはなかなかインパクトがあった。

 才能豊かと言えば、監督の橋口亮輔さんも、両作品で原作、脚本から編集まですべて1人でこなしていらっしゃるすごい方だ。監督の作品を見たのは初めてだったが、上映中一度も時間を気にしなかった。観客をひきつける力のある作品だった。

 学生の頃は名画座で2本、3本立ての映画をよく見たものだが、今はそういう映画館が少なくなった。トシをとり長時間椅子に座っているのも辛くなった。5時間近くも座っていたのは何年ぶりだろう。思っていたより疲れずほっとしたが、立ち上がってからしばらくは歩行のリズムがちょっとおかしかった。

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2009年1月31日 (土)

グルジア映画「懺悔」─岩波ホール

 東京・神保町の岩波ホールで上映中の映画「懺悔」を見た。

 1984年にソ連時代のグルジアで制作された、「グルジア映画の巨匠」と呼ばれるテンギズ・アブラゼ監督の作品だ。

 モチーフはスターリン時代にあるようだ。幼い頃両親を粛清された過去を持つ中年の女性が、粛清した独裁者の死を知り、その独裁者の遺体を墓から何度も掘り起こし、裁判にかけられる。だが彼女は法廷で、独裁者の遺体を掘り起こすことは罪ではないと堂々と主張し、自分が生きている限り独裁者を絶対に安眠させないと断言する。だが実は、遺体掘り起こしと裁判は彼女の白日夢で、「こうできたらいいな」という願望で現実ではなかった。

 墓から遺体を掘り起こして独裁者の息子夫婦の家の庭に置くという発想はユニークだった。主人公の女性が、白いドレスにつばの広い帽子というファッションで被告席に足を組んで座り、自分に罪はなく、何度でも遺体を掘り返して絶対に独裁者を安眠させないと断言するシーンは、なかなか痛快だった。

 土曜の午後の回だったのだがほぼ満席で、しかも年齢層がかなり高かったのには驚いた。映画はもちろんだが、岩波ホールそのもののファンの方も多かったのではないかと思う。

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2008年12月11日 (木)

カザフスタン映画「ショーガ」鑑賞

Photo_5 友人が、カザフスタンの映画の券があるから一緒に見ないかと誘ってくれた。「ショーガ」という作品で、11月末に行われた第9回東京フィルメックスという映画祭での上映だった。

「ショーガ」はヒロインの名前。昔からある名前なのだという。舞台は現代のカザフスタンで、人妻のショーガが年下の青年との恋に落ち、様々な葛藤の末に自ら命を絶ってしまうという、トルストイの有名な長編小説「アンナ・カレーニナ」をベースにしたストーリーだった。

 カザフスタンの映画を見るのは初めてだったので、いろいろな意味でとても新鮮だった。人々の服装、家の中の家具や食器、ら建物、街並み、クリスマスパーティや結婚式の様子などなど、どれもこれも興味深かった。

 全編通してとても静かな映画だった。まず音楽がない。次にせりふもほとんどない。さらに、出演者が皆無表情、無感情に近かった。驚き、喜び、悲しみの表情も声もジェスチャーもなかった。

Photo_6 上映後、プロデュースを担当しているという監督夫人への質問コーナーがあり、疑問は解けた。出演者はほとんどが素人さん、「通りから連れてきた人々」なのだという。とても魅力的なヒロインの女性も、もともとは女優さんではなく普通の主婦だったらしい。そして音楽がないのも、監督にとっては自然の音、その時聞こえている音が音楽だからだとのことだった。

未知の国の文化に少し触れることができ、遠い中央アジアの国がちょっと身近に感じられた。誘ってくれた友人に感謝、感謝である。

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2008年11月12日 (水)

大好きな街が舞台の映画―「グーグーだって猫である」

 大好きな街、吉祥寺が舞台の映画を見た。漫画家・大島弓子さん原作の「グーグーだって猫である」という作品だ。小泉今日子さん演じる主人公の漫画家・麻子さんと愛猫たちや周囲の人々との関わりを、上野樹里さん演じるアシスタントのナオミさんの視点から主に描いたほのぼのストーリーだった。

 普段自分が歩いている街がスクリーン上ではどう見えるのか興味津々だったのだが、何も特別なことはなかった。もっと感動、興奮するかと思っていたのだが、見慣れた店やビルの間や公園を有名な俳優さんたちが歩いていてもとりたててどきどきすることもなく、予想以上に客観的で平常心なので、自分でもかえって驚いたくらいだった。年のせいだろうか。

 ストーリーは、ただほのぼのしたものではなく、生きることそのものや出会いと別れについて考えさせられる内容だった。実際に猫を飼っている方は麻子さんにより深く共感できるのではないかと思う。猫は文句なしに可愛かった。

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2008年7月19日 (土)

映画「ラフマニノフ―ある愛の調べ」鑑賞

「ラフマニノフ・ある愛の調べ」というロシア映画を見た。ロシアの有名な作曲家・ピアニストのセルゲイ・ラフマニノフの半生を描いた2007年の作品だ。子供の頃ピアノを習っていた関係で、ラフマニノフと聞くとまず難解な曲、上級者の曲というイメージがあった。だが考えてみると、ラフマニノフがどういう人なのかは全く知らなかった。

映画の公式HPによると、ラフマニノフは1873年ロシア生まれ。幼少時から音楽の才能を発揮し、12歳でモスクワ音楽院に入学し、16歳頃からすでに作曲を始めていたという。ロシア革命を機に米国に亡命。1943年に米国で亡くなるまで、一度も祖国の土を踏まなかったという。

物語は3人の女性との関係が中心になっている。青年期に夢中になった年上の女性アンナ。献身的に尽くしやがて妻となる、幼なじみのいとこナターシャ。教え子でありやがて革命の戦士となるマリアンナ。

映画は、一言でいうと怖かった。主人公のラフマニノフの無表情が怖く、妻ナターシャの彼への盲目的な愛が怖く、それ以外の登場人物も皆心の中に何かを抱えているようで怖く、全編暗く重苦しい雰囲気だった。喜劇ではなく時代が時代だから、どうしても暗くなってしまうのだろうが、皆目が笑っていないのだ。このまま終わったらどうしよう。暗い気持ちで帰るのかと心配しながら見ていたのだが、最後の最後に画面がぱっと明るくなり、家族3人が笑い合って終わり、ようやく救われた気がした。超個人的な感想で申し訳ない。

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2008年5月17日 (土)

ソ連のアニメ見ました

080503 吉祥寺バウスシアターでは516日まで「ソビエトアニメ劇場」が開催されていた。10分程度のアニメーション30本がテーマ別に4つのプログラムに分けて上映されていた。自分は「ファンタジー」と「アイロニー」の2つのプログラムで計14本を見た。

 「ソビエト」のタイトル通り、今は別の国になってしまっているバルト3国やウクライナ、ウスベキスタン、グルジアのアニメも紹介されていた。1960年代から80年代後半の作品だったが、今見ても新鮮だった。

 アニメといっても子供向けではなく、特に「アイロニー」プログラムの作品は明らかに大人向けで、なぜか裸の女性がよく登場した。内容はかなり難解だが発想や手法はとても斬新な、アバンギャルドな作品ばかりだった。

 それとは対照的に、「ファンタジー」プログラムの作品は和み系でわかりやすかった。特に、「チェブラーシカ」で有名なロマン・カチャーノフ氏の人形アニメは、見ていてやさしい気持ちになれた。

 世界では日本のアニメも非常に高い評価を得ているようだが、ソ連・東欧諸国の作品も素晴らしい。時代が移り変わっても色あせない立派な芸術作品だと思う。

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2007年5月13日 (日)

映画「東京タワー」鑑賞―母に感謝

 映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を見に行った。言わずと知れたリリー・フランキーさんのベストセラー小説が原作だ。

複数のテレビ局ですでにドラマ化されており、主演は今人気絶頂で連日メディアに登場しているオダギリージョーさんと、正直言って「ちょっとしつこい。もういい」と、作品にも俳優さんにも少々食傷気味だったのだが(ファンの方申し訳ない)、監督が松岡錠司さんという点と(「バタアシ金魚」のファンである)、他のキャスティングにひかれ、映画館に足を運んだ。

2時間の上映中、恥ずかしい話だが、どうにも涙が止まらなかった。これは誇張でも何でもない。涙がぼとぼと落ちてきて鼻がずるずるだった。主人公のマー君の自堕落な学生生活、オカンに金をせびったり留年を報告する電話でのやりとり、オカンのオカンのもんぺ・日本てぬぐい姿、同じセーターを何十年も着ているオカン、窓の外を流れていく東京のネオンサインなどなど、そこだけ見たら特に何でもないシーンも、話の流れの中で見ると、自分のこれまでの記憶や人生、そして現在に重なり、懐かしさやら悲しさやらありがたさなど、とにかくいろんな感情があふれてきて胸が詰まった。

おそらく観客の大部分はそうだったのではないか。会場のあちこちから鼻をすする音が絶え間なく聞こえていた。映画が終わりエンディングテーマが流れ、館内の照明が点くまで席を立つ人は一人もいなかった。自分の記憶にある限りそんな映画は初めてだった。また、中年、高齢の客が多かったのも少々意外だった。

映画館の外に出てからも、現実に戻るまでにかなり時間がかかった。それだけ自分の中がかき回された映画だった。

母親というのはすごい。とにかくすごい。この世の中で母親以上に偉大な存在などない。自分はそう思ってしまった。今日は母の日だ。自分のオカンはもちろんのこと、世界のすべての母親の皆さんに感謝したい。

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