夏休みの読書感想文―吉田修一「悪人」
吉田修一さんの「悪人」を読みました。朝日新聞の夕刊に連載されていた小説です。この本は人気が高く、図書館で予約を入れてから手にするまで相当時間がかかりました。だから、ようやく自分の番がきた時はとても嬉しかったです。ですが同時に、本の厚さと活字の小ささを見て一瞬ひるんだのも事実です。じっとしているだけで汗が出てくるこの蒸し暑い時期にこれだけ厚い大作を読みきるだけの集中力と持続力が自分にあるのか、少々不安だったのです。でも、結果から言うと、それは杞憂にすぎませんでした。
九州を舞台にした殺人事件とその加害者および被害者を取り巻く人々の人間模様が、現代特有のさまざまな問題を織り込みながら細かく描かれていました。保険外交員の若い女性が出会い系サイトで知り合った若い男性に殺されてしまいます。被害者の女性の両親、会社の上司、同僚女子社員たち、まず犯人と疑われた裕福な大学生、その同級生、殺人犯の若い男性、彼を捨てた母親、親代わりの祖父母、一緒に逃げた女性などが、それぞれの立場でこの事件に関わってきます。地方独特の閉塞感をベースに、そこで現代という時代を生きる人々の濃いような薄いような人間関係が描かれており、共感や納得できる部分が多かったです。登場人物のいったい誰が「悪人」なのか、犯人は「悪人」なのか、考えさせられてしまいました。
日曜日、昼寝の睡眠導入剤代わりにという軽い気持ちで寝転んで読み始めたのですが、読み進めるうちに、昼寝どころか目はさえる一方で、洗濯物を取り込んだりトイレに行くために読むのを中断するのが惜しいほどで、買物はもちろん中止し、食事さえも後回しにするほど、話に引き込まれてしまいました。気がついてみると、途中何回かの中断をはさんで5時間近くを読書に費やしていました。自分でも全く予想外でした。
一気に読めた理由は、展開の面白さはもちろんですが、文章がよみやすかったからだと思います。正直、冒頭の部分、つまり殺人現場となる峠の歴史や地理的説明は、なんだか教科書みたいでなかなか頭に入らず読み飛ばしてしまったのですが、殺された保険外交員の女性をとりまく人々の描写が始まると、文章がすらすらとよどみなく頭に入ってきました。
なぜか強く印象に残ったのは、人は他人の何気ない一言を支えに生きていくこともある、つまり言い方を変えると、自分が何気なく言った一言が他人の一生を左右することもある、ということです。話の本筋からは外れると思うのですが、殺された保険外交員の女性と出会い系サイトで知り合って関係を持っていた男性の一人は、太っていることがコンプレックスで、自分なんか女性に相手にされないと思い込んでいたのですが、学生の時太っている先生が好きだったという彼女の一言に救われ、それを支えに生きていると言っていました。また、殺人犯の男性の祖母が、「あなたが悪いわけじゃないんだからしっかりしないとだめだ」とバスの運転手に言われ、勇気を出して行動するようになりました。両方とも、身内でも友人でもない、それほど親しくない人からの言葉に背中を押されています。そういうことってあるなと思いました。
| コメント (0)


最近のコメント